源流域のまち 加太地区

加太地区には東西を結ぶ大動脈である名阪国道が通り都市部へのアクセスが良い一方で自然や歴史に触れながらゆっくりじっくり暮らすのに良いところです。子どもたちや子育て世代をまち全体で支えています。
 

ブログ

いきもの調査クエスト ~鈴鹿川等源流域の生き物を調査せよ!!~  調査結果レポート

スマートフォンアプリ『BIOME』(以下、BIOME)を使った「いきもの調査クエスト」を行ったところ、106名の方にご参加いただき、たくさんの『いきもの』の情報が集まりました。 鈴鹿川等源流域(すずか...続きを読む
2022.1.20

いきもの調査クエスト~鈴鹿川等源流域の生き物を調査せよ!!~

R3.10.1「生き物調査クエスト」始まりました!

「生きもの調査」と言っても 5つの生き物をみつけて 写真を撮って 投稿するだけ。 1! 2! 3! 4! 5! まずはバイオームをダウンロードしよう。 ■ アイフォン用 ■アンドロイド用  ...続きを読む
2021.10.1

 

 


加太地区

加太地区まちづくり協議会
(コミュニティ・林業総合センター)
https://kabutomachi.jimdofree.com/
〒519-1129 三重県亀山市加太板屋4622-1
マップコード
34.840118,136.321113


訪ねどころ

訪ねる・・・川俣神社、森林公園やまびこ
歩 く・・・錫杖が岳、東海自然歩道
買う・・・


 

三世代が仲良く元気なまち加太地区

 

街道の通るまち 

 加太地区を南北に貫く「大和街道」は古代から旅人が行き交ってきました。江戸時代にはその街道沿いに並木松が約5,000本植えられた記録があり立派な街道であったと想像できます。壬申の乱を経て天武天皇となった大海人皇子が通り、「本能寺の変」が起きたとき徳川家康が命からがら三河へ逃げる際に通った道とも言われています。
「加太歴史年表」加太地区まちづくり協議会

現在は名阪国道が地区の真ん中を通り名古屋圏や関西圏へのアクセスも便利です。

林業で栄えたまち

 加太地区には200~500mの比較的低い山々が加太川に平行して連なっており、その山々が地域の人々の暮らしを支えていました。

旧関町における森林の割合が約80%、そのうち植林山の割合が60%と全国平均の40%に比べて高く、スギ、ヒノキ、マツを植えていました。林業の盛んな頃は地域の林業就業者が多いだけでなく、三重県南部や四国から山師が仕事をしに来たり尾鷲からは「木出し」専門の職人が来たりしていたそうです。昭和の前半頃は伐った木を山から出すのに人が担いだり、キンマという橇のような道具を使ったりして運んだそうです。牛車や馬車が製材所に運んでいくといったような風景もあり、その頃の加太駅周辺では、木材だけでなく様々な物資が行き交い商いが旺盛で、まちもずいぶん賑わっていたようです。

昭和後半の景気が良かった時期には架線技師による「線出し」が盛んに行われ、時にヘリコプターで搬送することもあったそうです。
 また、雑木の利用も盛んで、昭和30年代にプロパンガスが普及し始めるまでは、加太地区でも「シバシ(柴仕)にいこか」と言って山にシバを刈りに行ったそうです。シバは暮らしや商いの資源となりこの地域では「味噌と米とシバがあれば心配しなくていい」という考えがあったそうでした。加太地区では炭や薪などの燃料として身近な樹木であったコナラを「ほうそ」、クロマツ・アカマツを「おまつ」「めまつ」と言ったそうです。
「加太の方言(樹木)」加太地区まちづくり協議会

 

加太の方言(樹木)

 今では炭や薪や木材のために木を伐り柴を刈ることがめっきり少なくなくなりました。山に入り森の中を歩いていると時々ひっそりと残る炭窯跡の穴を見かけます。

 676mと加太地区では比較的高くシンボル的な存在の「錫杖ヶ岳」は「雀頭山」とも言われ、亀山7座トレイルの1座となっています。昔は雨乞いの山だったそうで、日照り続きの折に錫杖ヶ岳に登っていく人の姿を見ると地域の人は「ああ、これで雨が降る」とほっとしたそうです。現在では、景色の変化に富み登山初級者にも歩きやすいことから毎日のように登山者があります。

亀山市歴史博物館ウェブサイト 亀山市史 http://kameyamarekihaku.jp/sisi/MinzokuHP/jirei/bunhttp://kameyamarekihaku.jp/sisi/MinzokuHP/jirei/bunrui4/data4-2/index4_2_1_2.htmrui4/

加太地区まちづくり協議会ウェブサイト
https://kabutomachi.jimdofree.com/

大人も子どもも楽しむ!

 まちを南北に貫く加太川は、時代を渡ってまちの暮らしや産業の様子とともに流れ続けています。今その源流域は日々小さなこどもたちの声でにぎわっています。

心地よい“加太”の亀山暮らしhttps://www.city.kameyama.mie.jp/kosodate_yuyu/movie/

 加太保育園は野外保育に積極的に取り組んでいて、わが子に自然をたくさん感じて育ってほしいお母さんお父さんに人気です。標高676mの錫杖ヶ岳にも自分たちの足で登ります。まち協の会長さん曰く「四季折々どころか日々その辺りを歩いとる」。

この元気や人気はどこから?

 暑い夏に「流しそうめんをしよう!」となったら、森へ行って藪こきをして竹を伐り出します。子どもたちが森の整備をしてくれていることになります。

 ノコギリを使って道具をつくることも、「やってもらう」のではなく子どもたちが自ら元気に働いています。その原動力は地域の方々の協力や知恵です。

 加太地区ではにぎわった昭和の時代以降だんだん人口が減っています。けれども少ないことが逆にメリットとなって、地域をあげて子どもたちを育てることができる、という強みになっています。地域の方が「自然と親しみ地域のみんなで支える保育園・小学校一貫教育」と誇らしげに言われるように、子どもたちは温かな多くの手で支えられ学んでいます。コメ作りでは、保育園児も小学生も田植えから稲刈りまで毎年一貫して体験します。

 サツマイモを植えて、観察して、発表して、

 食べるところまで!

 保育園を毎日見守るイチョウの木もサツマイモを焼くための落ち葉として協力しています。

 そのほか運動会が地区と保育園と小学校の合同で実施されるなど、3世代が深くかかわり、小さな子どもからお年寄りまで知識や元気を分け合いながら日々生き生きと暮らしています。

https://www.city.kameyama.mie.jp/kosodate_yuyu/movie/